自分のブログだけど、、
手前味噌だけど、昔の自分が書いたブログを読むと、
これが結構面白くてね。(笑
このブログも2012年から書いてるから、かなりの年月。
「あぁ、あったあったそんな事」とか、
「へーこんなまじめなこと書いてるんだ」とか、
なんか自分で書いたのに、妙に納得させられたりね。
あんまり内容同じこと書いてもしゃーないので、「前に書いてないよなぁ」、
なんて見返したりもするしね。(そう思ったときはたいがい書いてる)
最近また、茨木のり子さんが気になって、本棚探すんだけど無いのよ?
自分が女性の詩人を良いと思うなんて、意外だけど、なんかいいんだよなぁ。
本棚にないけど、確かブログに書いたような、、
それも探してみたけどうまく見つからず。
「ポメラに入れてたかなぁ?」
茨木のり子で検索しても見つからない。
そうだ!“感受性”と検索してみた。
すると“自分の感受性くらい”と詩集のタイトルでホルダーに入ってた。
【自分の感受性くらい】 茨木のり子
ばさばさにかわいていく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
何もかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
【汲 む】茨木のり子
大人になるというのは
すれっからしになるということだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話にいいました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました
私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子どもの悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと、、、
わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
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