自分には持ち合わせていない日本語の引き出し
今週末のクリスマス会は、今年も屋形船で開催する。
もう何年も同じ屋形船を使っているのは、
参加者が一様に、『食事がおいしかった』、『景色も楽しめて良かった』
などと言った感想を述べるから。
実家の金沢からも母や姉、姪、甥と東京見物よろしく参加してくれるので、
これはこれでよい企画だなぁと思ってる。
母はもう90になるので、今年も去年も一昨年も、来て
『今年がもう最後や』と言うけれど、
元気に日帰りで東京まで来て帰り、翌日市場のアルバイトに出かけるほどの鉄人ぶりだ。
そんな母の事で、「自分は母親の何を知ってるんだろう」と思う事があった。
それは今朝読んでいた書籍。
遺伝子科学ををわかりやく門外漢に話してくれる内容で、
その日本語のアプローチがとても気に入ってる。
およそ自分の引き出しにはない日本語で、
でもそれは平易な言葉なのに新鮮に感じる。
例えば著者(腫瘍内科医師&作家)の母の話で、
「、、双子の母は気高さに近い、自尊心を伴わない平静さを持ち続けた、」とか、
「母の姉は、自分が行ったこともない外国のお土産と旅行ブックを並べ、
嫌みなどひとかけらもない口調で言った、
私もここに行ったことがあるわ」
人の性格や人となりを、こう言ったエピソードを交えて的確に伝えられる技術は、
ホントに医者だったの?と疑問すら感じるくらい。
そんな中読んでいて『自分は母のなにを知っているんだろう』と思った箇所が、
「息子が母親を、明確に理解しはじめたと自覚した瞬間を表す単語やフレーズは、英語にはない。」
「表面的にではなく、自分自身を理解するのと同じくらい、はっきりと理解し始めた瞬間、」
あなたはそんな瞬間あったりしましたか?
自分はない。思い出してみても、、母はどこまでも母でしかない。
それとも、還暦になってもマザコンのような依存心が心の奥底にあって、
それが理由で自分にはそんな瞬間を経験した事がないのだろうか?
ん~ん、屋形船で姉や姪に聞いてみよう。
追伸
やっぱり海中はいいなぁ~と思う瞬間なら、何度でも出てくるけどね。
海中クリスマスツリーが飾られました。
光が水中のツリーの飾りに反射してなのか、
魚たちもツリーに集まってくる。
何度見ても、海の中で見るツリーは不思議な気分だ。
今しか感じられない。
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